ホーム長寿研究海馬の再生は止まらない── 成人神経新生の証拠

海馬の再生は止まらない── 成人神経新生の証拠

成人脳の神経新生をめぐる論争は100年以上続いてきたが、最新研究はこの問題に大きな転換点をもたらした。

今回発表されたScienceの論文で、カロリンスカ研究所(KI)神経科学者ヨナス・フリセンらの研究チームは機械学習と単一細胞RNA解析を組み合わせ、成人の海馬に神経前駆細胞の遺伝的特徴を示す細胞が存在することを示した。これは、げっ歯類では確認されてきた神経新生が人間でも起こる可能性を強く支持する。約30万個の海馬ニューロンのうち354個が前駆細胞と判定され、若年者ほど数が多く、成人14名中5名では前駆細胞が全く見られなかった。この大きな個人差は、神経新生が環境、代謝、炎症、ストレス、生活習慣など多様な因子に左右される可能性を示唆している。

成人の海馬での神経新生速度は極めて低く、過去の推定では1日700個程度で、海馬全体の0.03%未満にすぎない。これは老化研究の観点から極めて重要だ。海馬は記憶と学習の中心であり、神経新生の低下は加齢に伴う認知機能の衰えやアルツハイマー病の進行と関連する可能性がある。もし神経前駆細胞の減少が認知低下の一因であるなら、神経新生を維持・促進する介入は長寿科学における新たな治療標的となり得る。特に、神経新生の個人差が「老化速度」や「認知予備能」に直結する可能性は大きく、神経新生が高い人ほど加齢に伴う認知低下を防ぎやすいという仮説も浮上する。

一方で、今回の手法は間接的であり、前駆細胞が実際にニューロンへ分化するのか、あるいは乳児期から残存しているだけなのかは未解明だとする慎重な声もある。成人脳で神経新生が起こらないとする研究も依然として存在し、今回の結果が示す細胞が「ノイズ」や別の細胞型である可能性も指摘されている。それでも、複数の研究が成人海馬に未成熟ニューロンや前駆細胞の存在を示し始めたことで、神経新生をめぐる論争は終結に向かいつつある。

今後の焦点は、神経新生の速度の違いがアルツハイマー病や加齢性認知症にどう影響するかを解明することだ。もし神経新生が認知機能維持に寄与するなら、運動、食事、睡眠、抗炎症介入、さらには再生医療などが神経新生を高める長寿戦略として再評価される可能性がある。成人脳の神経新生は「存在するか否か」の論争から、「どのように老化と長寿に影響するか」という新たな段階へ進みつつある。

Genetic evidence that our brains make new neurons in adulthood may close a century-old debate

出典:Science

https://www.science.org/content/article/genetic-evidence-our-brains-make-new-neurons-adulthood-may-close-century-old-debate

関連記事

脳の老化を若返らせる可能性 海馬たんぱく質Setd8の役割をマウスで解明

認知症リスク36%減 ガーデニングがもたらす脳の再生力

用語解説

【神経前駆細胞】

神経前駆細胞は、脳内で新しいニューロンを生み出す能力を持つ未成熟な細胞で、神経幹細胞から分化した次の段階に位置する。幹細胞ほど万能ではないが、ニューロン系統へ特化して増殖・分化する性質を持つ。主に海馬や嗅球など限られた領域に存在し、記憶形成や学習に関わる神経回路の維持に寄与する。

加齢による脳科学を深く学びたい人におすすめの一冊

老化と脳科学 [ 山本 啓一 ]
価格:858円(税込、送料無料) (2026/8/14時点) 楽天で購入

Amazonでの取り扱いは下記より

老化と脳科学https://amzn.to/4eXKCjp

Kindle版も選択可能

RELATED ARTICLES

1コメント

コメントは締め切りました。

- Advertisment -
Google search engine

Most Popular

Recent Comments