薄毛の研究は、ゲノム解読以降に大きく進展し、特にX染色体上の遺伝子がテストステロンへの反応性を左右し、薄毛と強く関係していることが明らかになった。しかしホルモンとの関連はもっと早くから知られており、1960年には去勢された男性が薄毛にならないこと、またテストステロン投与で薄毛が進行することが観察されていた。さらに1970年代には、ドミニカ共和国の村で思春期に性別が変化する希少疾患が発見され、彼らがDHT(ジヒドロテストステロン)を作れないために薄毛にならないことが分かり、DHTの重要性が強調された。
DHTは胎児期の男性的特徴の形成から成人後の薄毛まで幅広く関与し、毛包の受容体に強く結合することで毛周期を乱し、毛包を縮小させる。これが薄毛の根本的なメカニズムとされる。DHTを作る酵素5α還元酵素を阻害するフィナステリドは1992年に登場したが、効果は限定的で副作用も重く、そして女性には使用できない。ミノキシジルも作用機序が不明で、既存治療には限界がある。
そのため、テストステロンに直接干渉しない新しい治療法が求められている。PRP療法は血液から成長因子を濃縮して頭皮に注射する方法で、有望だが作用機序や標準化が不十分で、費用も高い。再生医療の分野では幹細胞を利用した治療が注目されており、脂肪組織から採取した幹細胞を頭皮に注入する方法や、幹細胞が分泌する「シークレトーム」や「エクソソーム」を利用する方法が研究されている。これらはWnt経路など毛周期を調節する経路に作用し、毛包の成長期を延長する可能性が示されている。
さらに、Pelage社が開発するPP405のように、毛包内に残っている幹細胞を“目覚めさせる”外用薬も登場している。毛包幹細胞は通常、毛周期の開始時に活性化されるが、薄毛では休止期のまま眠り続けてしまう。PP405は幹細胞特有の代謝経路を刺激し、再び成長期へ戻すことを狙っている。注射ではなくクリームやジェルとして使える点も利点だ。
一方、幹細胞に頼らないアプローチとして、血流改善に着目した研究も進む。やけど治療の研究から生まれた2-デオキシ-D-リボース(2dDR)は血流を改善する天然分子で、マウス実験ではミノキシジルと同等の発毛効果を示した。体内に存在する物質であるため副作用が少ない可能性があり、安価で実用化しやすい点も期待されている。
これらの新しい治療法はまだ臨床試験段階だが、幹細胞治療の一部は近い将来後期試験に進む見込みで、PRPも承認が近いとされる。女性向けの選択肢も広がりつつある。
一方で、薄毛の根本原因は完全には解明されておらず、遺伝子や生物学的経路の理解が進むほど治療法の可能性も広がる。薄毛を本質的に止めるには、その複雑なメカニズムの“根本”に迫る必要がある。
用語解説
【PRP療法】
PRP療法(多血小板血漿療法)は、患者自身の血液を採取し、血小板を高濃度に濃縮して頭皮に注射する再生医療的な薄毛治療。血小板に含まれる成長因子が炎症改善や血流促進、毛包の活性化に働くと考えられている。男女とも安全性は高いとされるが、作用メカニズムや標準的な治療プロトコルは確立途上で、効果の個人差も大きい。費用が高額で、誰に効くかは治療を重ねるまで分からない点が課題。
Balding cure: We may finally have a simple way to reverse hair loss
出典:Science Focus
