本研究は、夜間のアロマセラピーが高齢者の認知機能にどのような影響を与えるかを検証したものであり、カリフォルニア大学アーバイン校の神経科学者らによって実施された。
高齢者の認知機能低下は社会的課題となっているが、これまで嗅覚低下に対する介入手段はほとんど存在しなかった。嗅覚は脳の記憶回路に直接つながる特異な感覚であり、香りが強力に記憶を呼び起こすことは広く知られている。さらに、嗅覚障害はアルツハイマー病やパーキンソン病など約70の神経・精神疾患の発症を予測する指標にもなる。こうした背景から、研究チームは嗅覚刺激を利用した非侵襲的な認知症予防法の可能性に着目した。
研究には60〜85歳の健康な高齢者43名が参加し、嗅覚強化群と対照群に無作為に割り付けられた。強化群には7種類の天然オイルを用意し、毎晩1種類ずつ、就寝中の2時間だけディフューザーで香りを提示した。対照群は同じ手順でごく微量の香りを提示された。参加者は毎晩異なる香りを体験し、覚醒時間を割く必要がないよう設計された。研究開始時と6か月後に神経心理検査とfMRIが行われた。
その結果、強化群は対照群に比べて記憶テストで226%という著しい認知能力の向上を示した。特にレイ聴覚言語学習検査で顕著な改善が見られた。また脳画像解析では、記憶中枢と意思決定を担う前頭前皮質を結ぶ左鈎状束の構造的健全性が向上していた。この経路は加齢に伴い弱くなることが知られており、嗅覚刺激が神経回路そのものに良い影響を与えた可能性が示唆された。さらに参加者は睡眠の質が向上したと報告している。
研究者たちは、今回の成果が嗅覚と記憶の密接な関係を裏付けるものであり、夜間の最小限の嗅覚刺激が認知機能と脳機能の両方を改善することを示したと述べている。従来の研究では多数の香りを毎日提示する必要があったが、本研究では香りを7種類に絞り、睡眠中に提示することで負担を大幅に軽減した。
今後は認知機能低下が診断された人々への効果を検証する予定であり、嗅覚療法が記憶障害の新たな介入法として発展することが期待されている。
Scentful Slumbers: Enhancing Memory in Older Adults Through Nightly Aromatherapy
出典:NeuroscienceNews
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用語解説
【レイ聴覚言語学習検査】
レイ聴覚言語学習検査(Rey Auditory Verbal Learning Test)は、言葉の記憶力を測る代表的な神経心理検査である。被験者は読み上げられた単語リストを聞き、その場で思い出して答える。これを複数回繰り返し、記憶の学習速度や保持力を評価する。さらに一定時間後の再生や、似た単語リストを提示して記憶の干渉に対する強さも測定できるため、短期記憶・長期記憶・注意・学習効率を総合的に判定できる。認知症研究や臨床で広く使われている。
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